近年、人工知能(AI)の進化がすさまじく、私たちの生活にもどんどん関わるようになってきました。
そんな中、アメリカ政府が中国のAI企業「ディープシーク(DeepSeek)」を調査していることが明らかになりました。
理由は、「ディープシークがアメリカの半導体メーカー『エヌビディア(NVIDIA)』の最先端チップを、シンガポールを経由して購入した可能性がある」という疑いです。
半導体とは、コンピューターやスマートフォンなどの電子機器に欠かせない部品のことで、特にエヌビディアの半導体はAIの開発にとても重要です。
アメリカ政府は、こうした半導体が中国に渡らないよう、2022年から厳しく規制しています。
しかし、一部の企業がこのルールの抜け道を使い、第三国(自国以外の国)を経由して半導体を手に入れているのではないか、と疑われているのです。
もしディープシークがこうした方法で半導体を入手していた場合、アメリカの規制に違反している可能性があります。
これに対し、アメリカのホワイトハウス(大統領府)やFBI(連邦捜査局)が詳しく調査しているとのことです。
また、エヌビディアの広報担当者は、「当社のパートナー企業はすべての法律を守っている」とコメントしましたが、議会では「輸出規制の抜け穴をふさぐべきだ」という声が高まっています。
今後、アメリカがどのように対応するのか、そしてAI開発にどんな影響が出るのか、注目が集まっています。
エヌビディアとは? アメリカの半導体メーカー

エヌビディア(NVIDIA Corporation)は、アメリカの半導体(スマホやパソコンの頭脳となる重要な部品)メーカーです。
本社はアメリカのカリフォルニア州サンタクララにあり、日本法人(日本での会社)は東京都港区赤坂にあります。
ロゴでは「nVIDIA」と小文字が混ざっているように見えますが、正式な表記はすべて大文字の「NVIDIA」が正しいです。
エヌビディアの得意分野はGPU
エヌビディアは、特にGPU(グラフィックス処理装置)の設計に強みを持っています。
GPUとは、パソコンやゲーム機の画面をきれいに表示したり、映像をスムーズに動かしたりするための部品です。
エヌビディアは、GeForceシリーズ(ゲーム用パソコン向け)やQuadroシリーズ(クリエイターやデザイナー向けの高性能モデル)などのGPUを作っており、特にゲームや映像制作の分野で有名です。
GPUの新しい使い方「GPGPU」とは?
もともとエヌビディアのGPUは、ゲームや映像向けに作られていました。
しかし、2006年にCUDA(クーダ)という技術を発表したことで、GPUはゲームだけでなく、AI(人工知能)や科学計算などの幅広い分野でも使われるようになりました。
これをGPGPU(汎用計算向けGPU)といいます。
たとえば、AIの学習やロボットの頭脳としても活用され、今ではエヌビディアの主力事業となっています。
エヌビディアの最近の成長と影響力
エヌビディアは近年、急成長しています。2024年7月には、一時的に世界で最も価値のある会社(時価総額1位)になりました。
時価総額とは、会社の株の合計金額のことで、企業の価値を示す指標です。
8月時点では3位になりましたが、それでも世界トップクラスの企業であることに変わりはありません。
エヌビディアの半導体はAIやスーパーコンピューターにも使われるため、世界の技術発展に大きな影響を与えています。
今後も、AIや自動運転技術の進化に伴い、ますます重要な企業になっていくでしょう。
DeepSeek(ディープシーク)とは?

DeepSeek(ディープシーク)は、中国の人工知能(AI)を研究する会社です。
特に、大規模言語モデル(LLM)と呼ばれる、AIが文章を理解し、生成する技術を開発しています。
大規模言語モデルとは、AIが大量のテキストデータを学習して、質問に答えたり、文章を作ったりできる技術のことです。
この会社は、中国のヘッジファンド(High-Flyer)の資金提供を受けて成長しました。
ヘッジファンドとは、大きな資金を運用して利益を出す投資会社のことです。
DeepSeekとHigh-Flyerは、どちらも中国の浙江省杭州市に拠点があり、梁文鋒(リャン・ウェンフォン)という人物が設立しました。
DeepSeekの始まりと成長
DeepSeekの母体であるHigh-Flyerは、もともと金融業界で活躍していました。
梁文鋒は2007~2008年の金融危機の時期に浙江大学で学びながら、株や金融商品の取引を始めました。
2016年にはHigh-Flyerを共同設立し、金融取引にAIを活用する技術を発展させていきました。
2019年には、High-FlyerはAIを使った自動取引に特化した会社になりました。
そして、2021年には、すべての取引をAIに任せるようになったのです。
そして、2023年4月には、金融業界とは別に、AI技術の研究開発を進めるための新しいラボを設立しました。
その翌月、このラボは「DeepSeek」として独立した会社になりました。
低コストAIで業界を変えたDeepSeek
2024年5月、DeepSeekは「DeepSeek-V2」という高性能でありながら低価格のAIモデルを発表しました。
このAIは、中国のAI市場で価格競争を引き起こし、「AI業界の拼多多(ピンドゥオドゥオ)」と呼ばれるようになりました。
拼多多とは、中国のオンラインショッピングサイトで、低価格で商品を提供することで有名です。
DeepSeekが登場したことで、中国の大手企業である**ByteDance(バイトダンス)、Tencent(テンセント)、Baidu(バイドゥ)、Alibaba(アリババ)もAIモデルの価格を引き下げざるを得なくなりました。
競合他社の多くは赤字(利益が出ない状態)で苦しむ中、DeepSeekは低価格ながらも利益を出していた点が注目されました。
最新モデル「DeepSeek-R1」シリーズの登場
2024年11月、DeepSeekは「DeepSeek-R1-Lite-Preview」という新しいAIモデルを発表しました。
このモデルは、論理的推論(物事を筋道立てて考えること)や数学的推論(数学の問題を解く力)に特化しています。DeepSeekは、このモデルが数学の試験「AIME(American Invitational Mathematics Examination)」でOpenAIの「o1モデル」を超える性能を示したと主張しました。
しかし、アメリカの「ウォール・ストリート・ジャーナル」によると、AIMEの2024年版の問題を15問使ったテストでは、OpenAIのo1モデルの方がDeepSeek-R1-Lite-Previewよりも早く正解を導き出したという結果が出ました。
その後、2025年1月20日には、さらに進化した「DeepSeek-R1」と「DeepSeek-R1-Zero」が発表されました。
DeepSeek-R1の特徴
DeepSeek-R1は、「V3-Base」という基盤モデルをもとに作られており、6710億の総パラメータと370億のアクティブパラメータを持つ「エキスパートの混合モデル」です。
パラメータとは、AIの脳のようなもので、数が多いほど複雑な問題を解く能力が高くなります。
DeepSeek-R1の登場により、中国のAI技術がアメリカとほぼ同じレベルに達したことが示されました。
また、DeepSeekは「AIを進化させるためには、単純にモデルのサイズを大きくするのではなく、コストを抑えながら開発することが重要だ」と考えています。
これにより、AI技術の開発コストを下げる方向に進む可能性があると注目されています。
特別な学習方法を使う「R1-Zero」
「DeepSeek-R1-Zero」は、強化学習(Reinforcement Learning、RL)という方法だけで学習したAIです。
普通のAIは、最初に「教師あり学習(Supervised Fine-Tuning、SFT)」と呼ばれる方法で、人間が用意したデータを使って学習します。
しかし、R1-ZeroはSFTを使わず、自分で試行錯誤しながら学習を進める方法を採用しました。
また、「GRPO(Group Relative Policy Optimization)」という新しいアルゴリズムを使い、AIが正しい答えを見つけるための基準をグループごとに学ぶ仕組みになっています。
このモデルの最初のバージョンは、英語と中国語が混ざってしまうなどの問題がありましたが、改良を重ねてより高い推論能力を持つようになりました。
DeepSeekの影響とAI市場への影響
DeepSeekのR1シリーズは、競合他社よりも低コストで開発されたことが大きな話題となりました。
その影響で、アメリカの金融市場ではNVIDIA(エヌビディア)などのAI関連株の価格が急落しました。
これは、「中国がAI技術で急速に成長し、アメリカの企業と競争できるレベルになった」と市場が判断したためです。
AIの進化がますます加速する中で、DeepSeekのような企業がどのように技術を発展させていくのか、今後の動向に注目が集まっています。
DeepSeekの懸念点とは?

DeepSeek(ディープシーク)は中国のAI企業として急成長していますが、一部では「AIの検閲」「セキュリティとプライバシーの問題」「実際のコストと輸出規制違反の疑い」について懸念されています。
ここでは、それぞれの問題について分かりやすく解説します。
AIの検閲(けんえつ)
DeepSeekのAIは、中国政府の検閲システムの影響を受けていることが指摘されています。
検閲とは、政府や組織が情報をコントロールし、不都合な話題を制限することです。
例えば、DeepSeekのAIに「ナレンドラ・モディ首相(インドのリーダー)」について質問すると詳しく答えますが、「習近平国家主席(中国のリーダー)」について聞くと、回答を避ける傾向があります。
また、以下のような政治的に敏感な話題についても、回答が削除されることが確認されています。
- 1989年の天安門事件(中国で起こった民主化運動の弾圧事件)
- ウイグル人への迫害(中国政府による少数民族への厳しい扱い)
- 習近平と「クマのプーさん」の比較(中国では習近平氏がプーさんに似ていると言われるのを嫌がり、この話題が禁止されている)
- 中国の人権問題(自由や権利を制限されている問題)
さらに、台湾の話題になると、「台湾は中国の一部であり、いかなる独立の動きにも反対する」とAIが答えることが確認されています。
これは、中国政府の公式見解に従っているためです。
一方、西側の研究者たちは、言葉の一部を変えるなどの工夫をすることで、DeepSeekのAIから正確な情報を引き出せる場合があることを報告しています。
しかし、こうした検閲の仕組みが組み込まれていること自体が、多くの専門家から懸念されています。
セキュリティとプライバシーの問題
AIを利用するとき、私たちは質問を入力したり、音声データを送ったりします。DeepSeekも同じように、ユーザーの入力情報を収集しています。
DeepSeekのプライバシーポリシー(利用者のデータをどのように扱うかを示したルール)には、次のようなことが書かれています。
- ユーザーの入力したテキストや音声、アップロードしたファイル、チャット履歴などを記録する
- そのデータは「中国の安全なサーバー」に保存する
この点について、アメリカの「WIRED」という技術雑誌は「データの安全性に問題があるかもしれない」と警告しています。
なぜなら、中国の法律では、政府が企業のデータにアクセスできる仕組みがあるため、中国のAIが収集した情報が政府の管理下に置かれる可能性があるからです。
イタリアやアイルランドの当局も、DeepSeekのプライバシー対策が十分ではないと懸念を示しました。
アメリカの国家安全保障会議(NSC)も、DeepSeekのAIが情報操作や監視活動に使われるリスクを調査していると報じられています。
実際のコストと輸出規制の問題
DeepSeekは2024年に発表したAIモデルの開発費用を「500万ドル(約7億5000万円)」と公表しました。しかし、一部の専門家は「この金額は実際よりもはるかに少ないのでは?」と疑問を投げかけています。
機械学習の専門家ネイサン・ランバート氏は、以下の点を指摘しました。
- DeepSeekが発表した金額には、「AI開発者の人件費」「電気代」「インフラの維持費」が含まれていない
- 実際の年間運営コストは5億~10億ドル(約7500億~1兆5000億円)に近い可能性がある
また、アメリカのAI企業「Scale AI」のCEOであるアレクサンダー・ワン氏は、DeepSeekがアメリカの輸出規制(特定の国への製品販売を制限するルール)に違反している可能性を指摘しました。
アメリカは、AIの開発に欠かせないNVIDIA(エヌビディア)の最先端半導体(GPU)を中国に輸出することを厳しく制限しています。
しかし、DeepSeekはこれらの半導体を何らかの方法で入手していると見られており、実際のGPUの数を過少に申告している可能性があるとされています。
現在、アメリカ政府はDeepSeekの半導体調達ルートを調査しており、もし違反が見つかれば、さらなる制裁(厳しい罰則)が課されるかもしれません。
DeepSeekの今後はどうなる?
DeepSeekは低コストで高性能なAIを開発し、中国のAI市場で大きな影響力を持つようになりました。
しかし、その一方で「検閲」「データの安全性」「輸出規制違反の疑い」といった問題が指摘されています。
特に、AIがどのような情報を提供するかは、私たちが事実を正しく知るために重要です。
もし、特定の国の見解に偏った情報しか得られないとしたら、それはAIの本来の役割とは異なるかもしれません。
また、プライバシーの問題やアメリカ政府の規制が今後どのように影響するのかも注目されています。
DeepSeekがこれらの懸念にどう対応するのか、そしてAI技術の発展が世界にどんな影響を与えるのか、引き続き見守る必要がありそうです。

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